戦前のイ菱倶樂部に関する情報提供のお願い

2020.7.23更新

昭和初期、千日前の南道具屋筋に稽古場を構えて活動していたイ菱倶樂部に関するどんな些細なことでも構いません。
ご存知の方は、デザート*スプーンまで情報をお寄せ下さい。

私どもは、当時のイ菱倶樂部の活動の実態をほとんど掴めておりません。

なぜ、「イ菱倶樂部」という名称にしたのか?

そんな基礎的なことですら、お恥ずかしいことに判っていないのです。

明治・大正の上方歌舞伎役者である中村鴈治郎さん(1860〜1935年)の屋号が成駒屋で、その定紋がイ菱、当時の大阪歌舞伎座は千日前にありましたので、もしかしたらその後援者をしていた可能性も考えられます。

大阪歌舞伎座『千日前に聳ゆる歌舞伎座(戦前)』絵葉書

それともそれは全くの見当違いで、歌舞伎とは何ら関係がなく、イが四つで「良いクラブ」という意味から名付けられたのかも知れません。その辺りの真意を知りたいのです。

1931年(昭和6年)、二代目イ菱(中川重理)さんが『藤八拳獨習』を出版されています。

藤八拳獨習

藤八拳獨習

この書籍は古書市場に出回ることがほとんどないため、入手困難ではありますが、大阪府立中之島図書館に所蔵されており閲覧が可能です。巻頭には「大阪藤八拳大番附」が掲載されています。

このような番附が、一枚物として刷られ、関係者に配られていたかどうかも現存品がなく不明です。イ菱倶樂部の番附に限らず、拳相撲の番附をお持ちの方は、デザート*スプーンまでお知らせ下さい。


大阪藤八拳大番附

●初代イ菱・戸尾久兵衛

 職業:漆刷毛商「富士屋」を経営

 住所:日本橋筋4-73(現・浪速区日本橋3-8-12あたり)

●二代目イ菱・中川重理

 職業:和食器具店「中ふじ」を経営

 店舗:千日前一丁目南道具屋筋

 住所:河原町2-1484(現・浪速区難波中2-3-3あたり)

●審判員・野村白玉(野村専次)

白玉ソースを製造していた1898年(明治31年)創業の野村洋食品製造所の初代社長・野村専次さんである可能性が極めて高いと考えます。今では白玉ソースの空き瓶は骨董品として人気があります。

白玉ソース 昭和初期のチラシ

●宗家・赤松義浪(赤松喜之助)

江戸時代から続く名跡を継承した七世義浪です。1901年(明治34年)の大阪市中藤八拳戯一覧(『大阪経済雑誌』明治34年4月20日号掲載)には、西大関・喜義として載っています。

 職業:大阪造幣局勤務

 住所:櫻の宮関西橋


大阪市中藤八拳戯一覧

1902年(明治35年)、天王寺区の壽法寺境内に六世義浪(伊東嘉兵衛)社中による「打拳塚」が建立されています。この伊東嘉兵衛さんは、明治20年代に東京から北新町松屋町筋へ転居して、藤八拳を普及させた人物であることが、『東區史 第四巻 文化篇』(昭和16年発行)に記されています。


打拳塚

東拳舎天堂(久保田孫一)さんの著書『健全娯樂 東八拳道』には、1941年(昭和16年)3月6日、夕刊大阪新聞主催で、東京、京都、大阪の会の者が集まり、大阪松坂屋6階で大会が開催され、大阪のイ菱等会集千余名の盛大なる東八拳道会があったと記されています。

昭和9年 松坂屋の年賀状
昭和12年『新装成れる大阪松坂屋』絵葉書

その時の写真が、『郷土研究上方・123号』(昭和16年3月15日発行)に「松坂屋における厚生藤八拳」として掲載されており、検査役(大阪・東京)というキャプションがつけられていることから、右奥の人物が二代目イ菱・中川重理さんであると私どもは見ています。


二代目イ菱

1942年(昭和17年)の大日本東八拳道會が発行した第一回番附の客席欄(最下段・左)に「大阪・中川イ菱」を見つけることができます。当時の東京の拳会とも連携していたことが伺えます。


大日本東八拳道會番附

二代目イ菱・中川重理さんの御子息・中川進三さんが、大阪府立高津高校五期生だったことがネットを検索して判明しました。残念なことに、2012年(平成24年)1月19日に77歳でお亡くなりになられていたことも同時に判明しています。

同期生の方々に情報提供をお願いして、尽力してもらったのですが、その後は特に進展しておりません。私どもは、初代や二代目イ菱の墓所すら把握できておりません。

◉故中川進三さんと大阪の遊び「藤八拳」

http://kozu5.my.coocan.jp/TOU8KEN.html

1950年(昭和25年)の高津高校の名簿には、父兄として中川重理さんお名前があることから、戦後もご存命であったことが判ります。1945年(昭和20年)3月13日深夜から14日にかけの大阪大空襲により、千日前一帯は焼け野原になっていますので、戦後は藤八拳どころではなく、イ菱倶樂部は自然消滅したものと想像しています。

『藤八拳獨習』出版から、すでに90年近くが経過しているため、当時のイ菱倶樂部に直接関与されたご存命の方は、さすがにいらっしゃらないとは思うのですが、御子孫の方がいらっしゃいましたら、また、イ菱倶樂部と直接の関係がなくても、例えば「祖母が藤八拳を打っていた」といった些細な情報でも構いません。デザート*スプーンまでお寄せ下さい。

皆さまの調査へのご協力をお願い申し上げます。

イ菱倶樂部 三代目・イ菱

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